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  アーリークロス
  アイコンタクト


アーリークロス                

 サイドからゴール前に送るパスであるクロス(センタリング)の一種。敵陣深い位置から出すのではなく、DFがゴール前に戻って守備陣形を整える前に、中盤の浅い位置からより早いタイミングで送り込む。

 特に、DFラインとGKの間を突く、速いクロスは有効だ。DFはゴール方向に走りながら、マークする相手を視野に入れて、斜め後方からのボールに対処しなければならない。加えて、自分の背後にクリアする難しさが伴う。

 高さや体格で劣る日本は、アーリークロスを活用したい。通常のクロスよりも大切なのは、タイミングとボールスピード。ゴール前の選手の動きとかみ合えば、競り合いを避け、低いボールでも勝負できる。

 日本協会技術委が作成した02年W杯テクニカルリポートによると、セットプレー以外からの109得点のうち、クロスから生まれたのは49点。得点への近道は、実はゴールから離れた場所にある。

アイコンタクト

 文字通り、「視線を合わせる」。パスを交わす際などに、味方と互いの目で確認して意思の疎通を図れという教えだ。

 日本サッカー界にこの言葉を広めたのは、代表初の外国人監督として92年に就任したオランダ人のオフト監督だった。

 「監督が戦術面で示した言葉の中で、間違いなくランキング上位に入ります」。通訳を務めた鈴木徳昭さん(現日本協会キャプテンヘッドクオーターズ部長)は振り返る。

 当時の代表はラモス、三浦知、柱谷哲ら自己主張の強い面々ばかり。鈴木さんは「当初は、そんなこと言われなくてもやっているという反応も選手にあった。ただ、監督が徹底して説くことで、選手が深く理解し、浸透した。改めて基本の大切さを確認できた」と話す。

 かつてのラモスや、ブラジル代表ロナウジーニョが好んでやるのが「ノールックパス」。パスを出す方向から視線をわざとそらして守備陣の目を欺く。逆手に取ったフェイントだ。

アドバンテージ

 バルセロナ(スペイン)のエトーがGKに倒され、こぼれ球を味方がゴールした。17日の欧州チャンピオンズリーグ決勝の一場面。だが、主審はGKの反則を取り、得点を認めなかった。

 あれは流してもよかった、と世界中で話題になった。この「流す」がアドバンテージ。反則された側にFKなどを与えるより、有利に展開していると判断すれば、反則を適用しない考え方だ。

 試合の流れを大切にする欧州育ちの競技に色濃い精神で、サッカーでは20世紀初頭の規則改正で盛り込まれた。

 流すかどうかは審判の裁量による。プレーをいたずらにブツ切りにせず、選手、観客を興ざめさせない試合作りは、審判の腕の見せどころだ。

 86年のW杯で伝説になったマラドーナの5人抜きゴール。主審だったベンナセール氏(チュニジア)は「反則だと思った瞬間があったが、続行させた。選手と一緒に歴史を作った」と振り返り、胸を張る。
 

イエローカード

 66年W杯イングランド大会で審判と選手の言葉の壁を痛感した英国人ケン・アストン氏が信号をヒントに考案。カラー中継となった70年メキシコ大会が導入された最初の大きな大会だ。

 主審が黄色いカードを示す警告は、ラフプレーや異議、反則の繰り返し、遅延行為など。反則や暴言の程度が著しい場合には赤いカード1回で退場。1試合に2回の警告でも退場となる。

 W杯で最初にイエローカードを受けたのは70年のソ連のロフチェフ。最初のレッドカードは、4年後の西ドイツ大会でのチリのカセリーだ。

 02年日韓大会。韓国のヒディンク監督は反則の多いイタリアとの決勝トーナメント1回戦で、その都度アピールするように指示していた。トッティ退場による誤審騒動もあったが、劇的勝利の背景には作戦もあった。

 日本協会は小学生以下の試合でグリーンカードを導入。こちらはフェアプレーに示される。

エラシコ

 足の外側でボールを外に押し出し、そのままなでるようにして今度は内側で逆方向に切り返し、敵を置き去りにするテクニック。ポルトガル語で輪ゴムを意味する。伸びたゴムがはじけるように、ボールが一瞬で逆方向に動く様は、まるで魔法だ。

 ブラジル代表のロナウジーニョの得意技だ。ボールが足に吸い付いたような映像がCMで流れて、日本でも子供たちの間ですっかり知られるようになった。

 実はこの技、辛口解説で知られるセルジオ越後さんが、40年近く前に開発したという。ブラジルの名門コリンチャンスにいた頃、ペレとガリンシャの技を合体できないか、と考え出した。チームメートだったブラジル代表のリベリーノがまねて、世界に広まった。

 今ではサッカーのゲームソフトにも組み込まれている。ロナウジーニョによれば、成功のコツは「とにかく反復あるのみ」だとか。

オーバーラップ

 ボールを持っている味方の背後を通り、追い越すようにして前方のスペースに飛び出していく動き。DFが、サイドでボールを持ったMFの後方を走り抜けて攻撃参加するときによく使う。直接、パスを受けなくても、ボールを持つ選手へのマークやプレッシャーを分散させることで助けることができる。

 局面で数的優位を作り出しやすく、日本代表のトルシエ前監督が練習から多用。浦和のブッフバルト監督も、現役時代に積極的なオーバーラップでチームを鼓舞した。

 後方の選手が前に攻め上がるため、守備は手薄になりがち。オーバーラップした選手にパスを出さず、ほかの位置でボールを奪われると逆襲を招くリスクを伴う。オーバーラップした選手をその場で使うのが、一つのセオリーだ。

 現在の代表なら、ドリブルで自ら仕掛ける左の三都主に対して、右の加地は地味なオーバーラップでチームに貢献する。

オープンスペース

 相手のいない、ぽっかりと空いた場所を指す。走り込んだ味方にパスが通ると、自由にボールを扱えるので、相手守備を崩すことができ、チャンスにつながる。

 5月30日のドイツ戦。カウンター攻撃で得た1点目は、DFの背後にできた広いオープンスペースに高原が走り込み、柳沢がパスを送って生まれた。

 主にDF陣の背後や、両サイドのDFが前線に上がったあとの両翼に生まれやすい。DFの位置取りの悪さが原因で生まれる場合もあるが、攻撃側には、オープンスペースを使う前に、作り出す意識や工夫が大切だ。

 DFを引きつける高速ドリブルや、素早いパス交換で相手DFを動かしておいて、大きく素早いサイドチェンジのパスでスペースを突くのがひとつの手だ。

 体格差、身体能力の差で劣る日本は、互いの動きを連動させ、組織で作るのが持ち味。スペースができるのを待つのではなく、作れ。

オフ・ザ・ボール

 主に攻撃時において、自分がボールを持っていない状態をいう。90分間で一人がボールに触れる時間はせいぜい1分程度。スピード化の進む現代では、さらにタッチ数は減る傾向。オフ・ザ・ボールの動きの質を上げることが大切な要素だ。

 特にFWはボールがない所で様々な工夫、迷彩を施す。シュートを打てる体勢と視野を確保するために、走り込むコース取り、体の向きにも細心の注意を払う。

 マークするDFが自分から視線を外した瞬間に動き出すことで、「消える」ことも可能だ。例えば、柳沢(鹿島)はボールから離れるようにしてDFの視野からいったん外れてパスを受ける動きを得意としている。

 98年のW杯直前、中山(磐田)がJリーグで4戦連続ハットトリックを達成。パスを受けるまでの動きを反復練習で磨き上げた結果だった。元日本代表DFの秋田(名古屋)は、中山のオフ・ザ・ボールの動きこそ曲者と話す。

オフサイド

 敵陣で前線の選手に後方からパスが出る。その瞬間、受け手よりも前に守備側が2人以上(GKを含む)いないと、反則となり、守備側に間接FKが与えられる。

 もしオフサイドがなかったら、どうなるのか。サッカーの戦術に詳しい福岡大の乾真寛教授によると「ゴール前に背の高い選手を置いて、ロングボールの応酬。現代のコンパクトなサッカーはなくなる」とのことだ。

 このルールを使って攻撃を阻止する戦術が「オフサイドトラップ」。

 パスを読んで守備ラインを上げ、受け手の選手をオフサイドの位置に置き去りにする。トルシエ前日本代表監督は好んで多用した。

 「改正が一番多い」(乾教授)ルールでもある。

 プレーに関与しなければ、笛は鳴らないなど複雑化。ただし、攻撃側の意見は明快だ。元日本代表の藤田(名古屋)は「改正があっても気にしてない。笛が鳴るまでプレーするだけだから」。

カルテット・マジコ

 「Quarteto Magico」。ブラジルの公用語であるポルトガル語で「魔法の4人」を意味する。W杯ドイツ大会の優勝候補、ブラジルの攻撃陣、ロナウジーニョ、ロナウド、アドリアーノ、カカの4人を指す。魔法のようなパスとドリブルを織り交ぜた魅惑的な攻撃力。華麗な技術でファンを魅了する。

 彼らの偉大な先人が「黄金の4人」。82年スペイン大会で優勝候補だったブラジルのジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョ・セレーゾのMF陣だ。プラティニを中心にした同世代のフランスMF陣は「銀の4人」とも呼ばれ、創造性あふれる「シャンパンサッカー」を展開した。前評判の高かった2チームは優勝を逃したことで、その魅力的なサッカーはファンの記憶に残る。「日本版黄金の4人」は、かつて同時期に海外クラブでプレーした中田英、中村、小野、稲本。ドイツ大会を前に、その呼び名は消えつつある。

削る

 足元に激しいタックルを仕掛けること。「調子に乗らせないために、立ち上がりに一度削っておけ」といった使い方がある。30日のドイツ戦で日本の加地がタックルを受けて右足首をねんざ。まさしく「削られた」。

 なぜ削るという表現になったのか。元日本サッカー協会会長の長沼健さん(75)は「理由はわからないが、私が選手の頃からすでに言ってました」と話す。昔のスパイクは、使っているうちに底に皮を打ち付けていたクギがむき出しになり、タックルの際に相手の足に当たってけがをさせることがあった。「けがをして当たり前の時代。まさに削るが当てはまった」

 現在も1対1の駆け引きとして、警告覚悟で乱暴なタックルをすることもあるが、判定基準が厳しく変わり、悪質なタックルは退場になる。

 けがをさせない程度に痛めつけるという加減も、「削る」には込められている。

コーチング

 指導者から選手への指示はもちろんだが、選手自身が判断し、決断するサッカーでは、ピッチで選手同士が声を掛け合い、指示するコーチングこそ重要になる。

 味方に出す指示で「Man on(マノン)」という代表的な言葉がある。パスの受け手に対して、背後など見えない位置から相手が迫っていることを知らせる声だ。

 「右」「左」と言った簡単な言葉もコーチングだ。元日本代表でJ1福岡の倉田安治コーチは「暑い時や雨の時は集中力が欠けやすく、より重要になる。『やろうぜ』と励ます声もコーチングの一つ」と話す。

 トルシエ前日本代表監督は練習で、パス交換のときに名前を呼び合うことを口酸っぱく求めた。代表選手でさえ、コーチングの前提であるコミュニケーション能力不足を痛感していたからだ。

 ユース年代の指導でコミュニケーション能力は重要課題のひとつとなっている。たかが掛け声と言うことなかれ。

3人目の動き

 戦術論を好む日本で最近、はやり文句のように持てはやされている。AからBにパスが渡る前に、Bからボールを受けるために展開を先取りした3人目の選手が動き出すことをいう。「第3の動き」とも呼ばれる。

 守備の組織化が進む中、単独突破や単純なパス交換は読まれやすく、対処されやすい。マークを外して、より有利な位置でボールを受けたり、守備網を崩したりするために有効で、予測や読みが大切になる。

 30日にあったドイツ戦の日本の1点目も、中村のパスが柳沢に渡る間に、高原が先取りしてDFの背後に抜け出す3人目の動きから生まれた。右手に注意を集めておいて、突然、左手からコインを取り出す手品のようなイメージか。

 4人目、5人目と連動させれば、なお効果的。トルシエ前代表監督は選手、ボールを動かす手順を決めた練習を繰り返し、連動性を選手に刷り込んだ。

セレソン

 セレソンと聞いて、ブラジル代表の黄色いユニホームが思い浮かんだだろうか。ポルトガル語で「選抜」。ただし、国内で「黄色いシャツ」という言い方はしても、「カナリア軍団」と呼ぶことはまずない。

 アフリカ勢の愛称は、動物が多い。W杯初出場のコートジボワールは巨象。チュニジアはカルタゴのワシ、カメルーンは不屈のライオン……。また、オーストラリアのサッカールーは、カンガルーと合わせた造語だ。

 ユニホームの色が定着するケースも多く、地中海ブルーに由来するイタリアのアズーリ。フランス代表も同じ青からレ・ブルー。日本では、サポーターが愛称を募る動きも過去にあったが、定着しなかった。最も親しまれる呼び方はやはり「代表」か。

 人気のなかったJリーグ以前、代表は契約メーカーを順繰りに変えて、ユニホーム提供を受けていた。それがいまや年間の契約料約20億円を荒稼ぎする時代だ。

シミュレーション

 反則を受けたふりをして、FKやPKを得ようと審判を欺く行為。警告の対象となる。「サッカーを冒涜(ぼうとく)するもの」として、W杯では02年日韓大会から厳しく取り締まられるようになった。

 記憶に新しいのは、同大会のトッティ(イタリア)。決勝トーナメント1回戦で延長前半にシミュレーションと判定され、この2度目の警告で退場。チームは敗れた。

 当時、同国内では主審に批判が集中したが、今回は事情が違う。もとは「審判の目を欺くのも技術のうち」というお国柄だが、リッピ監督は「国内で通る『だまし』も、国際舞台では通用しない」と選手に説く。

 今大会でもシミュレーションは、相手のユニホームを引っ張って警告を受けたときと同様、5000スイスフラン(約46万円)の罰金が科せられる。

司令塔

 一般的には、FWのやや後方に位置し、攻撃を組み立て、決定的なパス、ドリブルからゴールを演出する攻撃的なMF。日本ではゲームメーカー、トップ下とも呼ばれる。ジーコ(ブラジル)、プラティニ(フランス)、マラドーナ(アルゼンチン)ら、かつては「背番号10」がその代名詞だった。

 しかし、守備の組織化が進んだ現代は、単独で局面を打開するのは難しく、どの位置の選手も守備の負担を負うため、求められる役割も変化。華麗な技術を誇る司令塔は少なくなった。相対的に、後方のボランチの存在が重要になっている。

 ドイツ大会では、ロナウジーニョ(ブラジル)が一番手か。リケルメ(アルゼンチン)、クラニチャル(クロアチア)らにも注目。中村俊輔もそのイメージに近い。

 華のある一方で、技術に頼るもろさも同居。古き良き時代を象徴する司令塔には哀愁も漂う。

審判3人制

 サッカーは、笛を吹く1人の主審と旗を持つ2人の副審で裁く。ピッチの外で待機する控えの第4の審判を除けば、100年以上、この3人でコントロールしてきた。

 ただ、見直し論は常に繰り返されてきた。02年日韓大会では、ボールがラインを割ったという判定でスペインの得点が取り消されるなど、スピード化著しい中で誤審が続出。試行錯誤を重ねる国際サッカー連盟(FIFA)にも頭痛のタネだ。

 ピッチを半分ずつ分担する主審2人制を実験したり、両ゴール裏に審判を配置する「5人制」を検討したり。ボールにマイクロチップを埋め込んでゴールインを判定する方法もU17世界選手権で試したが、誤作動が多くて断念している。

 今大会からは、1年をかけて審判を選抜し、意思疎通を図るため、同じ国や大陸出身の審判を組ませる。FIFAのブラッター会長は「人間臭さはサッカーの魅力」とビデオ導入には猛反対だ。

ゾーンディフェンス

 マークを受け渡しながら、区域(ゾーン)を分担して守る戦術。マークする選手を決めるマンツーマン・ディフェンスに比べ、DF陣の位置取りやバランスを保ちやすく、運動量の面で効率性は高いが、DF間で互いにカバーし合うなど連係が重要になる。

 最近ではCKなどでも採用するチームも多い。ゴールに近づくほどマンツーマンでマークするため、実際の試合では常にゾーンとマンツーマンを併用している。

 ゾーンディフェンスをより攻撃的に発展させたのが、80年代後半から90年代にかけて欧州を席巻したACミラン(伊)のサッキ監督。より高い位置で相手を囲い込むようにしてボールを奪って攻撃に転じる、攻守一体の戦術は革命的だった。

 ミランは欧州王者の座を連覇。サッキ監督は伊代表を94年W杯準優勝に導いた。しかし、選手をチームの歯車のように扱い、組織を優先させた知将には批判も多かった。


ダイレクトプレー

 回り道をせず、できるだけ直線的に、少ないパスで相手ゴールに向かうように攻撃を組み立てる考え方。素早いプレー選択が大切で、問われるのは「判断の速さ」。日本サッカー協会の強化指導指針にも取り上げられるなど、現在、重視される考え方となっている。

 イングランドの指導者育成の第一人者であるチャールズ・ヒューズ氏は、著書「サッカー勝利への技術・戦術」の中で、66年から86年までのW杯決勝戦6試合で92.5%の得点が、5回以下の連続パスから生まれていることを指摘。いたずらにパスをつないで時間をかければ、むしろゴールへの道筋は見えなくなる。時間にして、ボールを奪ってから15秒間が勝負ともいわれる。

 ボールを止めずに、そのままパスしたり、シュートしたりするプレーと誤解されやすいが、日本協会が示す用語では、こちらは「ワンタッチプレー」。くれぐれも、お間違いなく。

ため

 次のプレーのために、ボールを持った選手が「間」を作ることを指す。自分の次のプレーのために「ため」を作る場合もあるが、周りの選手がいいポジションに移動する時間を作り出し、パスを送るためにタイミングを稼ぐことが多い。

 「ため」を作るのは、攻撃を作ることだ。ロナウジーニョ(ブラジル)やジダン(フランス)、日本代表なら中村。キープ力に優れ、視野の広いテクニシャンが共通項だ。

 相手にとって危険な選手ほど、マークや注意を引きつけ、周囲の選手が周辺のスペースをより活用できる。98年の地元W杯で自国を優勝に導いたジダンは相手を2、3人と引き寄せておいて、手薄になった逆サイドへの素早いパスで得点機を量産した。

 ロナウジーニョは自らの得点よりも、「仲間がゴールを決めるラストパスがもっと好き」。相手マークをぎりぎりまで呼び込んでおいて、必殺のラストパスを送り込む。

ディシプリン

 「規律」という訳では生活指導の印象が強くなるが、サッカーではチーム全体の「共通理解」や「約束事」といった戦術面での徹底を指す意味で使われる場合が多い。

 日本代表のトルシエ前監督は手記の『トルシエ革命』(新潮社)の中で「今日のモダンフットボールにおいては60パーセントがこのチームとしての戦術・ディシプリンである」と書いている。

 「私は選手に合わせたチーム作りをするタイプではない。……選手に応じた戦術を用いるのではなく、私の戦術を選手が実践する」というのがトルシエ流。代表のチームづくりでも、チーム戦術に沿って、連係しながら、個々の選手が自動的に必要なポジションをとり、必要なパス交換を行う「オートマティズム」を追求した。

 対照的に、ジーコ監督は選手各自の発想や創造性にゆだねる指導法をとってきた。こちらは選手の「自律」を求めるスタイルと言うべきか。

テクニカルエリア

 ベンチの両横から1メートル、前方のタッチラインから1メートルの範囲でベンチを囲んだ区域。監督などがピッチの選手に指示を送るために使われる。エリアに出る人間は事前の届け出が必要となる。

 Jリーグでは、外国人監督や選手に配慮して、通訳が一緒にエリアに立てるように緩やかな運用となっているが、W杯や五輪などでエリアに出られるのは原則として1人だけ。前回の日韓大会では、外国人監督だった日中韓の要望で通訳帯同が特別に認められたが、今回はアジア4カ国の共闘が実らず禁止された。

 通常、鈴木国弘通訳を伴うジーコ監督は国際サッカー連盟の判断に不満を表明しながらも、「自分は前に出るタイプじゃない。開幕前の1週間で選手に伝えればいい」と気にしない様子だ。

 エリアの大きさや位置は競技場の造りによって異なる。ベンチが隣り合うことの多い英国では、並んだ監督が一緒に怒鳴り上げる場面にも出会う。

バイタルエリア

 昨年6月のW杯最終予選のバーレーン戦。ゴール前右寄りで中村がワンタッチプレーでボールを小笠原に預ける。中村はパスを受けるためにDFの裏を突いて右に抜け出し、柳沢がすぐ左を駆け上がった。

 ラストパスの標的となる2人の動きにつられてマークがずれたすきを突いて、小笠原が決勝ゴール。一連のプレーが展開されたのが、バイタルエリアだった。

 バイタルは「急所」や「極めて重大」といった意味。ペナルティーアーク付近を指すが、戦略的にはMFとDFの間、シュートやラストパスなど得点を生むプレーが最も多い地域を意味する。さらにゴールに近い、ゴールエリアを区切る横ラインの地域は「プライマリエリア」と呼ばれる。

 決定力不足という不安材料を抱えたままの日本代表。バイタルエリアに入り込む回数を増やし、ここで前を向いてプレーできるかどうか。FKを得るのも大切だ。

ヒールパス

 通れば、相手の意表を突く効果的なパスとなるが、かかと(ヒール)を使って自分の背後に出すため、不確実性も伴う。繊細で華麗な技術と、大胆さが同居するパス。成功への称賛と、失敗への批判は紙一重だ。

 Jリーグでは、抜群の技術を駆使してピクシー(妖精)と呼ばれたストイコビッチ(元名古屋)が多用した。01年の現役最後の試合で、ヒールでアシスト。得点したウェズレイは「私の記憶に永遠に残る」と感激した。

 ルマン(仏)に渡った松井大輔は中学時代に、よくまねをしてヒールパスの練習をしたという。かつてピクシーがプレーしたフランスで、観客をわかすヒールパスはいわば逆輸入品だ。

 トリッキーなヒールパスを奨励しない指導者は多い。だからこそ、1月の全国高校選手権で、ヒールパスを多用した野洲(滋賀)の優勝は衝撃的だった。ピクシーも野洲も優れていたのは、その使いどころを心得ていたことだ。

FIFA世界ランク

 国際サッカー連盟(FIFA)が毎月、男女の各国A代表の強さをコンピューターで数値化し、順位付けしているもの。始まりは93年と、意外に歴史は浅い。

 男子の場合は、過去8年間の国際Aマッチの結果を数値化。勝敗、得失点、ホームかアウエーの違いのほか、試合の重要度、相手の強弱(大陸別)による係数に差がつけてあり、稼ぐ点数は違ってくる。

 日本の過去最高は98年2月の9位。ジーコ監督になってからでは、コンフェデレーションズ杯でブラジルから2点を奪って引き分けた翌月の05年7月の13位だ。

 FIFAは「信頼できる比較法」と触れ込むが、試合をしなければ点数は伸びず、目安にはなるが、あてにできない。

 日本は現在17位と、19位の開催国ドイツの上を行く。1次リーグF組の4カ国で比較すると2番手。実はこれ、初出場で3戦全敗した98年と同じ状況なのだ。

ポストプレー

 前線にいる選手に後方からパスを送って起点を作り、攻撃を組み立てていく方法。相手陣深くにパスを通すことから、「くさびを入れる」と表現し、前線でポスト役となる選手を「ターゲットマン」と呼ぶ。

 現在は、相手に余裕を与えないため、DFラインを高く保ち、狭いエリアに押し込む守備が主流。ポストプレーはDFラインを後退させ、さらにフォローする味方がゴールに向かってプレーできるため、位置が相手ゴールに近いほど有効な攻撃手段となる。今大会注目のポスト役は、202センチのコレル(チェコ)、201センチのクラウチ(イングランド)ら。大型で武骨な印象が先行するが、足元の技術も柔らかい。日本でも釜本邦茂、松浦敏夫、高木琢也と、その系譜は受け継がれてきた。

 ポストプレーを許せば、ピンチに直結する。密着マークで守備側からもターゲットにされる彼らには生傷が絶えない。

ボランチ

 DFの前に位置し、チームを操る役割から、ポルトガル語で「ハンドル」を意味するボランチが呼び名になったといわれる。また、「うろつき回る」という英語が語源という説も。日本では、94年W杯米国大会で2人のボランチを配したブラジルが優勝したことから、急速に広まった。

 日本では守備的MFとも表現され、守りの人というイメージが強い。しかし、イングランドではセントラルミッドフィールダーと呼ばれ、役割も違ってくる。激しい運動量で動き回り、ゴール前の守りで体を投げ出したと思えば、シュートも放つ。代表のジェラードやランパードが典型で、現在では攻守両面のマルチな働き、守から攻への推進力が求められる。

 かつてはトップ下にいた中田英がこの位置に入るのも時代の流れ。昨年3月のバーレーン戦で、中田英をボランチに初めて置いたジーコ監督は「攻撃的センスを生かすため」と説明している。

マリーシア

 FKの場面で相手の陣形が整わないと見るや、素早くボールをけり出す。リードしている終盤にボールを回して時間を稼ぐ。そうした状況に応じて判断するプレーを言う。

 「日本にはマリーシアが足りない」と言ったのは、元ブラジル代表主将で、Jリーグ磐田でも活躍したドゥンガだ。以来、この言葉が広まった。時間稼ぎという発想がなく、ロスタイムの失点でW杯出場を逃した「ドーハの悲劇」は、その例だ。

 一方で、ポルトガル語で「ずる賢い」という意味を持つため、審判にばれなければ反則をしてもいいと、誤解されることが多い。「マリーシアという言葉で子供たちが反則を正当化する」と、嘆く指導者もいる。

 日本代表のジーコ監督は、「マリーシアはルールの範囲内でのこと」とくぎを刺す。ジーコ監督は国際舞台でも通用する「マリーシア」を日本に植え付けたように見える。

リアクションサッカー

 自分たちから攻撃を組み立てて、積極的に仕掛けるのではなく、まずはしっかりとした守備網を敷き、攻めてくる相手を呼び込んで逆襲を狙うスタイルをいう。

 受け身のサッカーのため、面白みに欠けると思われがちだが、相手と力の差がある場合は有効で、イタリアはスキを突いて1点をかすめ取る綱渡りのような試合を得意とする。「マイアミの奇跡」と言われた96年アトランタ五輪のブラジル戦の日本は典型的な例。逆襲の攻め手を持っていることが大切だ。

 リアクションを採るかどうかは、必ずしも意図的に定まらない。W杯予選のアジア相手なら、日本は相対的にボールを支配する立場に回るが、本大会では守りに費やす時間が自然に長くなる。

 オフト以降、外国人の代表監督はリアクションサッカーを良しとしてこなかった。どんな相手にも能動的なスタイルを目指すジーコ監督はどんな結果を出すか。

6秒ルール

 GKがボールを手で持てるのは「4歩まで」というルールが、00年に変わった。現在は、6秒を超えて手でボールを保持した場合、相手に間接FKが与えられる。即、ゴール前の大ピンチだ。

 観戦していると、「あれは6秒以上では?」と思う場面もある。だが、日本協会の小幡真一郎審判チーフインストラクターは「タイムキーパーはいないが、審判は頭の中で数えている。見る方の気分の問題では?」。GK側も「(秒数を)ちゃんと気にしてますよ」(日本代表の楢崎)。

 もともと遅延行為をなくし、積極的にプレーさせるのが目的。小幡氏は「取り締まりが目的ではない。まず『遅いぞ』と促し、ダメなら笛を吹くように心がけている」。

 むしろ審判の敵はFWか。相手GKがボールを持つと、審判の脇で「1秒、2秒……。6秒過ぎてるよ!」と訴える選手もいるという。しかし、「これは反スポーツ的行為です」(小幡氏)。

ロスタイム

 後半45分が過ぎようというころ。主審がピッチ脇に控える第4の審判に指でサインを送っている。「ロスタイムは大体何分とるよ」と。これを受けた審判はボードを掲げて競技場全体に示す。

 選手交代や痛んだ選手の手当てのため、空費された時間を前、後半にそれぞれ追加する。ロスタイムは市民権を得た言葉だが、和製英語だ。英国では素直に「アデッドタイム(追加時間)」などといっている。

 かつては、何分加えられ、いつ終了の笛が吹かれるのかは、主審のみぞ知るだった。「長い」「いや短い」とトラブルを招き、不公平感が残ったのも確か。98年から目安として掲示されるようになった。

 主審の勘定のし具合で決まる数分間は無数のドラマを生んできた。今回のW杯アフリカ予選でも、カメルーンが5分と掲示されたロスタイムの4分にPKを得ながらポストに当てて外し、ドイツ行きがついえた。

ワールドカップトロフィー

 今大会の優勝国に渡るトロフィーは新調され、3代目のものだ。

 初代トロフィーは、W杯開催を提唱した国際サッカー連盟(FIFA)会長の名前を取って、ジュール・リメ杯と呼ばれた。勝利の女神がカップを支える形で、「3度優勝したら永久に保持できる」という規約があった。70年にブラジルが3度目の栄冠を手にして、新たなトロフィーが製造されることになった。

 2代目は74年に登場。イタリア人彫刻家のシルビオ・ガッツァニガ氏のデザインで、2人の人間が地球を支える形。純金製で高さ約36センチ、重さ約5キロ。今回の3代目は2代目と同じデザインだが、わずかに大ぶりに。従来は優勝国が次大会まで保有できたが、今回からレプリカが渡され、FIFAが管理する。

 ブラジルが永久保持したジュール・リメ杯は83年に同国サッカー協会の金庫から盗まれたまま、発見されず、既に溶かされたという説もある。